こんにちは、空間デザイナーのナカザワフミです。
今日は先日読んだ難波優輝さんの著書『なぜ人は締め切りを守れないのか』の感想文です。
私自身は締め切りを守れる方だとは思ってますが、周囲には守れない人も多くいるようにも感じているので、ちょいとそちら側の考え方も知ってみたくて読んでみることにしました。
私たちは実のところ、「締め切り」のことをよく知らないまま生きている。
ときに私たちを苦め、ときに私たちを奮い立たせる「締め切り」とは何なのか?
「締め切り」から、現代社会に深く埋め込まれたルールを描き出し、豊かな生き方を探る哲学的冒険。“我々は、いわば「時間的な無理」をさせられている。生きることの柔軟性をどう取り戻すか。この時間論には、哲学の新しい文体がある。すごく良い本だと思った。元気が出る本だ。”
堀之内出版 より
──千葉雅也
締め切りについて自問自答する人の話を淡々と聞いているような感覚
本書は『時間』という概念について、多角的な視点で深く掘り下げていくように書かれていました。
哲学書ではあるけれど、解釈の難しい例えなども無く、淡々とした語り口で、私にとってはとても読みやすかったです。ファミレスなどの気負わない場所で、答えを求められないテーマについて、友人とダラダラと会話しているような、そんな感じ。
わかりやすい正解だけを求めている時には不向きそうですが、読みながら自分にとっての『いい時間』の解釈を探求するにはちょうど良さそう。本書を読めるか読めないかで、その時の自分の心の状態(余裕の有る、無し)を把握することにも役立ちそうにも思いました。
死のない人生に価値はあるのか
『いい時間』を生み出すためには恐らく必須の不幸な要素として、『死』というデッドラインについても語られていました。延々に生き続けられる状態である不死を望む人も世の中には多くいるような気がするけれど、永遠の時間を手に入れられる代償として、時間に対する価値が失われてしまうことも挙げられていました。
需要と供給のバランスと同じく、たくさんの時間があることは一見豊かなことのように見えなくは無いけれど、1つ1つの時間を大切に感じられるのは、それが有限なものであることも要素として必要なことだと。
全ての人に対していつか必ず平等に訪れる締め切りである『死』があることで、味わえる時間の方が私にとっては『いい時間』であるようにも感じています。抗えないものに抗おうとするほどの体力は持ち合わせていないので、いつか体験出来る『死』までの時間も、『死』の瞬間の時間も、楽しめたら良いなぁと思いました。
結局『いい時間』って何なんだろう?
締め切りと進捗管理に追われる『プロジェクト的な時間』と、多様な人生の時間を一定方向へ集約させるような『物語論的時間』に飲み込まれがちな現代社会の中で、そこから完全に自由になることは難しい気もしていますが、そういった時間の捉え方だけに固執しすぎずに、自分にとっての『いい時間の流れ方』や『いい時間に対する価値』についても、考え続けられたらなぁと。そして、考えついたことを日々の生活にも組み込んでいけたらなぁとも思いました。
最後に、グッと来た一文も下記に添えておこうと思います。
何でだろうと不思議に思うけれど、毎回そうだという実感もあるので、見つけた時に笑ってしまいました。
“断言したい。プロジェクトは遅れる。これはこの世の真実の一つだ。”
なぜ人は締め切りを守れないのか 著者:難波優輝
