日本レタリング史

日本レタリング史

こんにちは、空間デザイナーのナカザワフミです。

今日は先日読んだ谷峯蔵さんの著書『日本レタリング史』の感想文です。
正直、文体が私には難しく、一度読んだだけでは理解しきれていません。この本を読んだことで、この歳になって新しく読めるようになった漢字や知った単語もありましたし、日本語って難しいですねぇ…。

そんな中ですが、読み進めていて気になった項目を抜粋してメモしておきます。

空海は異能タイポグラファー

日本史などでお名前は聞いたことのある方も多いであろう空海さん。

平安時代初期の僧で真言宗の開祖。“弘法大師”の名前でも知られる空海は、日本の書道史上のうちでも最も優れた『三筆』の1人で、日本書道の礎を築いた存在の1人でもあるそう。ことわざの『弘法筆を選ばず』や『弘法も筆の誤り』のモチーフにもなっているお方です。

唐(現在の中国)に渡った経験もある空海の書は、扁額(神社仏閣などで多く見られる看板のこと)の形でもいろいろと残されており、インドや中国、朝鮮半島などの文字、書法や、森羅万象の声なども受け取って書かれていることまで感じるような多種多様さを持ち合わせています。

篆書、隷書、楷書、行書、草書、飛白、梵字などを自在に駆使しながら、絶妙な装飾性を取り入れたり、エネルギッシュな変化に富んでいたり…。時には判読困難、解読不能ながらもカリスマチックな支配を意図したような象徴的表現に挑戦したものなどもあったそう。

異国で取り入れたエッセンスを上手に融合させて表現できる、目と腕前をお持ちだったんだろうなぁ…。

:藤原行成筆、右:空海筆の霊鷲山

上の画像は空海と藤原行成(平安時代中期に三蹟の1人と呼ばれた書道世尊寺流の開祖)がそれぞれ書いた『霊鷲山(りょうしゅうざん)』という書です。

どちらも草書をベースにしている名筆ですが、右の空海の書は同じ草書でありながら、湧き上がる雲や鳥獣のうごめきなどまで表現しているような圧倒的な力に満ちた筆法をしています。このような非日常的、独創的な書法の作品が空海には多いそう。

空海以前にも生き物を書に取り入れた表現自体はあるにはあったけれど、日本人にはあまり馴染まなかったようで…文字の一部に生き物の姿や顔などを見つけると楽しい気持ちになるんですけどねぇ…。空海が扁額などで巧みに表現したことによりたくさんの人の目に触れ、少しずつ定着していった表現だったようです。

そんなカリスマ性のあるタイポグラファー・空海さん。『文字を書くのが上手な人』以上の情報に触れる機会が今まで無かったけれど、とても魅力的な表現をする方だということを知れました。お寺や神社などの歴史的建造物を訪れた際は扁額にも注目してジロジロ見てしまいそう…観察対象がまた1つ増えました。

江戸時代の職業別タイポグラフィー

いくつかは知っていたけれど、ここまでいろいろ分かれていたのかとビックリ!江戸時代には職業別に使用する書体が決まっていたようです。

今では総称して江戸文字と呼ばれてしまうことも多いけれど、個々に名称もあり、それぞれの職種の個性を反映しながらシンボリックに考えられています。要するにCI(コーポレート・アイデンティティ)がしっかりと考えられていたんですね江戸時代から。とても勉強になりました。

本書の中で紹介されていた書体で気になったものの特徴をまとめてみます。

①浄瑠璃本書体
見る人の感性を揺さぶる義理人情の葛藤を題材としたお話の多い人形浄瑠璃の看板や辻ビラに使用されていた書体。前後の文字が緩やかに繋がってくずしたように書かれており、読むのには苦労しそうだけれど、どこか物語性を感じる形象性に満ちている書体です。元々は京の都から興り、大阪で展開、昇華していった人形浄瑠璃ですが、その後江戸へと下ってきた際には、この浄瑠璃本書体も江戸人の男気・粋・伊達・洒落好みを認知した版元たちによって、極端に字間を詰めたり、メリハリと抑揚を強めた書風へと変化していったようです。

②勘亭流
今では『和風な文字と言えばコレ』というイメージのある勘亭流ですが、歌舞伎の固有書体です。太くうねりのある丸みを帯びた書体で、千客万来を願って内へと入る縁起の良い書き方をされているのが特徴。以前から同様の書体は存在したけれど、江戸時代の書家・岡崎屋勘六(号名:勘亭)によって縁起字として完成したことから、勘亭流と呼ばれるようになったようです。

③力文字
江戸の町火消しの纏や半纏に印された、意気を示す力強く独特な書体。力文字の中にも種類があり、白抜きベタの日向字は江戸火消しの世界では頭取、町頭、世話番などの表に立つ者の証だったという説があるそう。一方、縁取りをとった加護字は、火懸かりをする纏持ちが使っていたと言われており、火事場で命を落としてしまうことも少なくないことから、本来は『籠字』と表記するところを神仏の御加護を願って『加護字』とされていたようです。

④髭文字
男性が集まるところに多く使われたこの書法。筆のかすれや撥ねを断続の線で示した速度感から、威勢・活き・鮮度・景気などの良いイメージを感じ、飲食業や花柳界、魚河岸などで専門書体として歓迎し、暖簾や看板で使用していたそう。今でもお酒のラベルには髭文字が使われているものが多く、これはお酒の陽気なイメージと髭文字の壮快性との親近感があることからとされ、商売人の間で今も昔も人気の書体のようです。

⑤牡丹文字
町名や屋号の角を牡丹の花びらのようにウネウネと丸型に象形したものを牡丹文字と呼び、祭りの際の提灯や団扇、半纏、揃いの浴衣などに紋様として使われ、江戸庶民のお祭り気分を盛り上げていたそうです。

他にも…流れ字、相撲字、寄せ字(寄席文字とは違うよ)、角字、びら字など様々ありますが、一部の書体を除きそのほとんどは無名の筆者たちによるものだそう。けれどもその書体はそれぞれに的確で、各職業を印象づける次元にまで高められて江戸の町を彩っていたんだなと思うと、『和風なデザインにしたいからこれでいっか』と、元々の職業とは関係のないデザインに使うことは憚られるなと改めて感じました。気をつけよう。


ちょっと古い本なので図書館などでしか出会えないかもですが、口絵として掲載されている扁額図録もとても見応えがあったので、機会がありましたらぜひお手にとってみてください。


日本レタリング史 著者:谷峯蔵

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