美術の経済 “名画”を生み出すお金の話

美術の経済 “名画”を生み出すお金の話

こんにちは、空間デザイナーのナカザワフミです。

今日は先日読んだ小川敦生さんの著書『美術の経済 “名画”を生み出すお金の話』の感想文です。
書影を見かけた時に、私が普段関わっているデザインとも近しいテーマだと感じたので読んでみることにしました。

経済視点でアートを読む新感覚ビジネス書!

「モナ・リザの値段は?」「落書きのような絵がなぜ何億円もするの?」「廃業した浮世絵師たちはどうなった?」「美術館は金持ちなの?」「贋作とわかったら価値が変わるのはなぜ?」……美術には、お金にまつわる素朴な疑問がたくさんあります。本書は、美術作品を眺めながら、美術家たちがどのように生き、作品がどのように扱われてきたのかを、経済視点で読み解いていきます。

インプレスブックス より

価値観は受け取る情報によって揺らぎやすいこと

読み進めていてとても感じたのは、『人間は、受け取る情報によって自身の価値観が左右されてしまいやすい生き物』なんだなということ。本書の中でも何度かそのことに触れられてもいましたが、良くも悪くも共感力の高い生き物だということを再認識することが出来ました。

日本人にとっては身近な絵画である『浮世絵』についての記述もありました。現代でいうところの雑誌のような出版物であった浮世絵の存在は、版画で制作されることによる大量印刷が可能になったことから、江戸時代には広く一般的に親しまれ、触れ合うことの出来る絵画でした。
その反面、次々と新しい浮世絵が生み出されては消費され、ゴミとなっていく運命にも巻き込まれていたようですが、明治以降に欧州へと輸出された陶磁器を守るための緩衝材として用いられたことで、欧州の収集家や美術家の目に留まり、欧州の人々にとっては未知なる宝物としての認識が広まったことで、美術品として市場へと出回るようになったそうです。

日本人が生み出した浮世絵の美術品としての価値の創出をしたのが日本発信では無かったことには悔しく感じる部分もありますが、素敵な絵画、素晴らしい版画の技術がゴミとなって忘れ去られてしまわずに、展覧会なども開かれるような美術品として広く認識してもらえるようになったことについては、素直に良かったなぁと思います。

上記した浮世絵だけでなく、人それぞれの感覚的なものによって価値が180°変わる可能性のある美術品という存在の、その危うさも含めて不思議で面白いものだなと感じました。

美術でお金を稼ぐこと

画家や美術家と聞くとなんだか浮世離れした存在のように感じてしまうこともありますが、私たちと同じように、ご飯を食べ、あたたかい布団で眠るなどの人間として生きていくための生活からは切っても切り離せないものです。そうした人間らしい生活を送るためにはどうしたってお金が必要なわけで。だけど美術って、どことなくお金とは無縁…というか、お金と結び付けて考えること自体が野暮なこと、あまり良い印象を持たれないような感覚もあります。

本書では、君主や教会、画商や美術館、オークションなど、時代によって多少の変化はあれど、様々な人々が美術品の流通に関わっていることが書かれていました。絵画や彫刻などを美しく仕上げる技術と、その美術品でお金を稼ぐ技術は全く別物であることを改めて実感。これは私がいるデザインの世界でも同じ感覚を持っています。適材適所でそれぞれのプロが最善を尽くした方が、ビジネスとしては効率が良いことは、いつの時代でも変わらないもののようです。

『美術』って何なんだろう?『美しさ』って何なんだろう?

『美術』という言葉自体は、日本の歴史の中で見るとかなり新しいものだそうです。少なくとも江戸時代には存在せず、明治になって西洋から輸入された概念から生まれた造語なのだと本書には書き記してありました。だからといって、それ以前の日本にも『美しい』と感じるものはたくさん生み出され、たくさんの人の目にも触れてきたことと思います。

過去の美術の発展の多くには、その時代ごとの宗教が隣りに寄り添っていたようにも思いますが、近年はそのことだけに囚われない、様々な表現方法を用いた作品も多く生み出されるようになりました。何かを見たり触れたりした時に『美しい』と感じる対象となるかどうかは、個々人それぞれによって異なるとは思いますが、自分が美しいと思えるものに出会えた時は、心が温かくなるような、明日の存在を感じてまた進んでいけるような、そんな感覚を持つことが出来ます。

以前は過去のアレやコレやを引きずって、美術作品全般を鑑賞することを避けていた時期もありましたが、ようやく様々な美術と前向きな気持ちで触れ合える大人になれて良かったなぁと思います。ここまで来るのに長かったですね。まだじんわり引きずり続けているものもありますけどね。

美術という文化が過去の遺物となって消えてしまわぬよう、楽しませてもらう際の所作は鑑賞者の1人として恥ずかしくないことをし続けたいと思いました。

美術の経済 “名画”を生み出すお金の話 著者:小川敦生

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